盛り上がるオーストラリア軍派遣論
一方、南太平洋諸国を管理するオーストラリアにとってみれば、中国に傾斜するソマレ氏を排除してくれたピーター・オニール政権は、大変に頼りになる「トモダチ」であったが、当然、追放されたソマレ氏側はしぶとく抵抗し、パプアニューギニアの国論は真っ二つに分裂して「大混乱」することとなった。
そしてこの頃、オーストラリアの国内では、「オーストラリア軍をパプアニューギニアに展開させ、全国の治安と政治回復を行い、国全体をコントロールすべきだ」とする強硬論が出始めていた。
事実、オーストラリア軍が近くポートモレスビーに展開するらしい、という、まことしやかな噂も流れたが、実際、軍や各情報機関は、不測の事態に備えて、密かにポートモレスビーに先遺要因を派遣していたようだ。
そんな「オーストラリア軍投入」を望む声の中でも一番話題となったのは、オーストラリア国防省に近いリチャード・ベーカーという記者が『オーストラリアン・フィナンシャル・レビュー』に投稿した記事である。
ベーカー記者はこの記事の中で、かつてのRAMSI(ソロモン諸島地域派遣ミッション)方式での軍の派遣を主張している。
このRAMSIが、争乱状態になったソロモン諸島の治安回復に高い成果を上げたのは前述の通りであるが、ベーカー記者は、この「成功体験」をもって、現在政治的混乱状態にあり、治安も悪化しているパプアニューギニアに対しても「RAMSI的な形でオーストラリア軍の派遣を行うべし」と主張したのである。
ソロモン諸島に対するRAMSIには、ニュージーランド警察やパプアニューギニア軍など、他の国々も軍や警察機関を派遣したが、これらの部隊の中枢を占めていたのは、オーストラリア陸軍特殊空挺連隊(SASR)であった。
SASRはその開設以来、戦闘での戦死者よりも、訓練中の事故による死亡者の方が多いという部隊であり、ベトナム戦争では、ベトコンから「密林の幽霊」と呼ばれて怖れられた。
実際、この部隊は、大規模なベトコン部隊と少人数で遭遇し、492人の敵を倒す間、見方の死者わずか5名(うち3名は友軍であるアメリカ軍による誤射)という結果すら残している。
もちろん、南太平洋の事情にも非常に精通しているので、RAMSIでも大いに活躍した。
最近の国際政治においては、こういった「特殊部隊」の運用というものが極めて頻繁に語られており、その能力に対する期待感や信頼は、もはや「信仰」の域に入っていると言ってもよい。
アメリカでも同じことであるが、最近では「頭数」が多くて目立つ「歩兵・砲兵」といった通常戦力よりも、「情報収集・攪乱」から「要人暗殺」「人質奪回」まで何でもこなす少数の特殊部隊を運用する方が政治的にも技術的にも非常に便利だということで、こういった政治的不安定な地域へ投入する割合が非常に大きくなってきているのだ。
このことは、本来「戦闘のプロ」である特殊部隊が、今や政治の便利な道具として、「何でも屋」扱いされつつあるとも言えるだろう。
もちろん、オーストラリア政府にとっても、隣国パプアニューギニアの危機に対処する手段として、これほど「重宝」する部隊はない。
つまり、こんな経験豊富な「特殊部隊」を中心としたオーストラリア軍であれば、パプアニューギニアの現在の政治的混乱と一部地域における治安の悪化にも充分対処できるだろうし、そうするべきだというのが、リチャード・ベーカー記者の主張なのである。
平成25年7月25日発行
丸谷元人著『日本の南洋戦略』
第二章 謀略渦巻く「豪中戦争」 pp.97 -99