反オーストラリア連合としての『メラネシア急先鋒グループ(MSG)』
しかし、ジャングルや島単位での小さな部族生活と、ある日そこに入ってきて自分たちをムチで打ち始めた恐ろしい白人植民地経営者(マスター)の存在しか知らなかった70年前と違い、今の南太平洋諸国の知的エリートたちは、充分な海外情報も持っているし、独立国家としてのプライドも持っている。
しかし、そんな国々に対し、オーストラリアが見せる態度は、いつまでも旧宗主国のそれを匂わせるものがあり、端から見ていても「ちょっとまずいのではないか」と思わせるものも多い。
2011年、ウィキリークスから流出した機密文書の中で、オーストラリア政府がパプアニューギニア政府のことを、「機能不全のアホ間抜け(Dysfunctional Blob)」と呼んでいたことが明らかになり、現地で一気に反オーストラリア感情に火がつくという事態が起きた。
また、これは第二章で詳述するが、この年の8月にパプアニューギニアで発生した議会クーデターと、その結果生じた「二人の首相」という異常事態によって、翌2012年における同国の総選挙の開催自体が危ぶまれていた際、ボブ・カー豪外相が、「もし、パプアニューギニアが(2012年)6月の総選挙を予定通り実施しないのであれば、オーストラリア政府はパプアニューギニアを孤立化させるため、制裁処置の発動に踏みきる」という強硬発言をし、案の定、これも現地人を怒らせる結果となった。
南太平洋諸国の人々からすれば、「いったい、いつまでご主人さま気取りでいるつもりだ」ということである。
こんなオーストラリアの「態度」に対する反発は、実はかなり以前からくすぶり続けてきた。
今でも一部オーストラリア人の間では、かつての「古き良き」植民地時代をノスタルジックに懐かしむ感情が残っているが、現地人の多くはまったく反対の感情を持っている。
独立前、オーストラリアの植民地下にあった南太平洋諸国では、オーストラリア系白人は例外なく現地人を農園等で働かせ、自分は管理者としてその上に君臨し、白亜の家で召使いを使いながら、まったく別の世界の生活をしていた。
この記憶は、「偉い人間は働かなくてもよいのだ」という「怠情イコール特権階級」だとする間違った感覚を現地人に与える一方で、そんな「ご主人さま気取り」の白人に対する強い反感をも生んだ。
この「宗主国」としての傍若無人に見える振る舞いが、戦後も多くのオーストラリア人の態度に色濃く残っていたため、南太平洋の人々の感情は著しく傷つけられ、その結果、この地域において反オーストラリア・ニュージーランド的国家連合が形成されることとなった。
それが、1988年3月、パプアニューギニア、ソロモン諸島およびバヌアツの三国が結成した『メラネシア急先鋒グループ(MSG)』である。
近年ここにフィジーが加わったが、これはまさに、これまで南太平洋を「アンザスの湖(Lake ANZUS)」、つまり「(アングロサクソン系)白人の所有物としての海」として我が物顔で振る舞ってきたアンザス諸国、特にオーストラリアに対する強い反感の現れでもあったのである。
平成25年7月25日発行
丸谷元人著『日本の南洋戦略』
第一章 いま、南太平洋で何が起こっているのか pp.42 -44