歴史 2018/06/01

「キューバ化」するフィジーを支える中国




この強気のフィジーを物心ともに支えていたのが中国である。
2006年大晦日の『オーストラリアン』紙週末版は、フランク・バイニマラマ司令官が、「オーストラリア政府が、バイニマラマ政権反対のキャンペーンを続けるのなら、我々は中国や他のアジア諸国に支持を求める」と発言したことを伝えており、フィジー政府が最初から中国からの支援を強く期待していたのは明瞭であった。


それどころかフィジーは、オーストラリアのスマート制裁に対する当てつけのように、最初から中国だけを念頭に置いた「ルックノース(チャイナ)」政策を掲げ、軍事的、経済的にも中国と急速に緊密になってしまったのである。
以来、フィジーに対する中国の支援額は以前の150倍に増加した。


このシナリオを裏で描いている中国にしてみれば、オーストラリアのスマート制裁発動のおかげで、南太平洋に対する最初の本格的な突破口ができたことになり、一方のオーストラリアにとっては、わざわざ自分の裏庭に「巨龍」を呼び込んでしまう結果となった。


それからというもの、中国の対フィジー外交は一気に加速していった。
2010年2月9日には、習近平が公式発表のないままフィジーを突然訪問したが、これもオーストラリア政府に大きなショックを与えた。


なぜなら、オーストラリア側が習近平一行のフィジー行きを知ったのは、「フィジー渡航のためのオーストラリア通過ビザ」を中国政府が申請してきた時であり、時期的には習近平のフィジー訪問の直前であったからだ。
これに驚愕したオーストラリア政府は、習近平の訪問自体を何とかして阻止しようと躍起になった形跡があるが、習は予定通りフィジーを訪問した。


一方、フィジー政府はこの習の訪問に対し、「オーストラリアやニュージーランドとは違い、中国は我々を見捨てなかった」とし、また、フィジー政府の頭を悩ませていたスマート制裁による問題を中国が解決してくれた、として大きな喜びを隠さなかった。


その後、2012年9月には、中国の呉邦国・全国人民代表大会常務委員会員長がフィジーを訪問し、フランク・バイニマラマ首相と面会したが、そこでは、フィジー国内における道路などのインフラ建設のために必要な資金として、中国政府から2億ドルもの無利子融資の拠出が約束された。


また、時を同じくして、中国政府のソフト戦略機関である『孔子学院』が首都スバに開設され、その除幕式も盛大に行われた。
呉邦国はスバにおけるスピーチの中で、「中国は、フィジー人民が独自の方法で発展を遂げる権利を支持し、できる限りの援助を継続していく(中略)中国はいくつかの国によるフィジー孤立化措置に反対する」などと発言し、名前こそ出さなかったものの、明らかなオーストラリア政府批判を行った。


このように中国は南太平洋に対する外交攻勢を強めており、同時にオーストラリアに対する積極的なネガティブ・キャンペーンを張っているが、これに対し豪側は、後手に回らざるを得ない状況に陥っている。


フィジー内外における中国軍の動きも極めて活性化している。
中国軍はここ数年、フィジー軍への無償資金援助や将校に対する軍事教練を行ってきたが、欧米の情報機関は、現在フィジー沖で操業している中国漁船団が、実はミクロネシアの米軍基地の通信を傍受しており、その漁船団の下には中国潜水艦が隠れて行動していると見ている。


この地域にいつか恒久的な通信傍受施設が作られ、中国艦隊が展開するようになれば、太平洋における米豪軍の動きはすべて筒抜けとなる。
事実、2010年8月には練習艦『鄭和』とフリゲート艦『綿陽』からなる練習艦隊が、初めて南太平洋諸国を訪問、中国海軍がすでに「外洋型海軍」として遠洋に展開可能であることを証明した。
以来、中国艦隊は頻繁に南太平洋に出現している。


ジェトロ・アジア経済研究所の塩田光喜氏は、フィジーの地政学的な重要性を指摘し、「(フィジーからは)オーストラリアにもニュージーランドにも、ハワイにも、軍事的ににらみを効かすことができる。仮にここにミサイル基地を配備したら、豪ダーウィンを容易に攻撃できる」と指摘している(『日本だけが知らない~太平洋資源外交の現実』日経ビジネスPLUS、2012年5月23日版)。


つまり、フィジーは今、オーストラリアを始めとするアンザス諸国と中国の覇権争いの最前線と化しており、急速に「キューバ化」しているのである。
このままでいけば、キューバ危機ならぬ「フィジー危機」が発生してもおかしくない状況でさえあるのだ。


第二次大戦中、太平洋での戦いを有利に進めたいと考えた日本軍は、米豪の連絡を遮断するため、フィジー・サラモア作戦(通称FS作戦)を発動したが、それと同じことを今、まさに中国がやろうとしているのである。



平成25年7月25日発行
丸谷元人著『日本の南洋戦略』
第一章 いま、南太平洋で何が起こっているのか  pp. 48-50




関連記事