私がギャンブルを勧めない理由
最近、ラスベガスで家族と週末を過ごした。新しくて豪華なホテルに驚愕したり、広大なカジノで迷子になったり、ジェットコースターや最新のショッピングモール、美しく創意に富んだバーやレストランで食事も楽しんだ。
でも、ギャンブルは一切しなかった。後で理由は教えるが、ラスベガスでスリルを味わうために、お金を無駄にする必要はない。特に20年以上訪れていない人なら、ギャンブルなどしなくても十分楽しめるはずだ。私が想像していたラスベガスは映画で観るような派手で安っぽい場所だったが、今は巨大で豪華で上品でさえあるのだ。
ラスベガスを嫌いな人はいない。それは編み上げレースのシルクストッキングをはいた巨乳のカクテル・ウェイトレスを嫌いな人がいないのと同じだ。しかし、即座に魅了されても、長続きはしない。ローマの歴史を勉強している私の次男は首を横に振りながら、「これはアメリカ帝国の終焉に違いない」と言い続けていた。息子が言いたいことは分かる。
ラスベガスが持つ規模や贅沢さ、壮観な光景は世界中探してもどこにもないだろう。アメリカが90年代初頭に先駆けて開発した広大で豪華なショッピングモールは規模で人々を魅了し、ディズニーワールドやランドはレプリカの世界の楽しさを教えてくれた。しかし、それらはスケッチの傑作にすぎない。今のラスベガスは唯一無二の独特な経験を味わえる場所になったのだ。
あらゆる人を魅了する方法
私たち5人が(2部屋で)3日間泊まったステファン・ウィンの巨大地中海リゾート、ベラージオを例に考えてみる。
ベラージオのカジノは、アメフトコートがいくつも入る大きさで、ルーレットやポーカーテーブル、スロットマシーンは人でごった返している。ホテル内にはワース・アベニューやロデオドライブを意識した独自の高級ショッピング・ストリートがあり、ブランドショップ(グッチやアルマーニなど)が軒を連ねる。さらにカジノのレストランやビュッフェに加え、少なくとも十数の一流レストランが入っている。
ホテルの外に出れば大通りとのあいだに大きな人工池があり、30分おきに噴水ショーがおこなわれる。それはコンピューターと配管技術を駆使した科学の驚異であり、チャーミングなものから息を飲むものまで、目をみはる3次元のショー・チューンとオペラを楽しむことができるのだ。そして美術館もあり、私もびっくりしたのだが、有名画家の作品も展示されていた。
ベラージオは16億ドル(1600億円)かけて建設され、それだけに1週間滞在してもエンターテイメントに飽きることはない。ベラージオやほかのラスベガスの施設(ホテルやカジノはテーマパーク以上のものなので「施設」と呼ぶに相応しい)には世界のエンターテイメントへの挑戦のようなものが感じられ、「これが世界一だ」と言わんばかりだ。
頭では過剰だと分かっていても、心は魅了されてしまう。少なくとも週末の3連休くらいで飽きることはないだろう。
さて、本題に話を戻そう…
いつになったら私が役に立つ話をするのかと、あなたは考えているだろう。ビジネスやキャリアのアドバイスが聞きたい?それとも富を築く秘訣?
私もそのことを今週末考えてみた。ラスベガスの経験から学ぶべき教訓はあるはずだし、その確信もある。
明らかな特徴から説明していこう。ラスベガスのホテル部屋に大型テレビやミニバーはないし、スロットマシーンやブラックジャックのテーブル以外座るところもない。そして、歯ブラシを買うのに何百ものギャンブルの誘惑を通り過ぎる必要がある。このような誘導が堂々と、またユーモアとして受け入れられているのは面白いことだ。旅行者の全員が同じようなコメントをしているが、称賛にも似た感情が込められている。
部屋と食事代をタダ同然にし、ギャンブルで銀行口座のお金を使い切らせるラスベガスのやり方には秘訣がある。通常なら一般人が泊まれないレベルのホテルに滞在させ、普段は入ることも許されない憧れの空間で過ごす機会を与えるのだ。ラスベガスに旅行すると得をした気分になれる。ギャンブルで大金を使っても、騙されて使いすぎたとは感じず、運はなかったが楽しい時間だったと思わせてくれるのだ。
私がギャンブルをしないのは、あまりにも仕事と似ているからだ
冒頭で述べたが私はギャンブルをしない。悪い習慣と言われているものは全部好きなのだが、不思議なことにこれだけは好きになれない。楽しいと感じないし、損をすることが明白だからだ。
ギャンブルに勝つ自信がある人と議論するつもりはない。しかし、こう自問してほしいのだ。何十億ドル(何千億円)もする巨大施設の元をどうやって取っているのか。手入れだけに70人のフルタイム社員が必要な豪華ガーデンをどうやって維持しているのか。これは慈善活動ではないのだ。
私の知人でスロット女王のKFは、少しの損失で3時間遊べるなら上々だとみている。彼女は長期的にお金を稼ぐという幻想は抱いておらず、コインの箱がいっぱいになったり、また空になったりを見るのが好きなのだ。そして大当たりの瞬間を楽しみにしている。
仕事はときに楽しく、楽しみはときに仕事である 勝算のある仕事をしよう
どこのカジノでもいいが、中に入って周りを見渡してほしい。人々が前かがみになったまま停止している姿が目に入るだろう。彼らは集中しすぎて疲れた目をし、口を引きつらせている。スポーツベッティングエリアでは冷蔵庫サイズの小さな個室で壁のスクリーンを見つめ、用紙に計算を走り書きしながらオーダーを出している男たち。この光景は気持ち悪いほど、証券取引所や仲買業者の様子を連想させるのだ。
集中、無我夢中、計算、長時間。私には、これらすべてが仕事に思える。
異なるのはラスベガスの条件では、あなたが不利になることだ。
仕事に求められることを考えてみよう。例えば、ギャンブルしている人を会社に連れていき、集中、理解、計算、実行というカジノで必要な能力を発揮してもらえば、本当のビジネスができてしまうはずだ。
だからラスベガスでやる必要はない。長期的に見ればギャンブルは損だ。その時間と努力を、ほかのものに注いだほうが金持ちになれる可能性が高い。
なぜ多くの人はギャンブルが好きで、仕事が嫌いなのだろう?
夢は夢のままにしておく
大金を手にできることが魅力なのだろうか?友人は、「凡人が何億円もの金を手にする機会がほかにあるか?」と言っていた。
それが問題なのかもしれない。凡人が一生懸命働いたところで(しかも賢く)富を築くのは難しい。ギャンブルのほうがチャンスはあるように見える。
しかし、凡人が金持ちになるのは100%可能だ。私が知る金持ちの半分は凡人だったし、私も始めはそうだった。凡人の街で凡人として一生を終える可能性が高かったのだ。だから彼らの気持ちは理解できる。
あなたは賢く、一生懸命働くことで成功できるのだ。一生懸命働く、ということは理解できるだろう。
「賢く」働くというのは、
(a)ちゃんと自分の分け前にあずかり
(b)不利な状況でリスクをおかさない
ことだ。
ギャンブルをやめ、賢い投資で人生の仕事を楽しもう
あなたが私のエッセイの熱心な読者なら、利益の分配を受け取るいくつもの方法を学べるはずだ。試行錯誤しながら浮き沈みを経験することも大切で、そうすれば徐々に軌道に乗り、毎日お金が貯まるようになる。そして、金持ちになるには稼いだお金を貯めることを学ばなくてはいけない。要するに、ギャンブルには「ノー」と言うということだ。
ギャンブルは人を騙すゲームであり、あなたに不利にできている。カジノでは無料でお酒を振舞ってもらえるが、そんな上部だけのサービスに騙されてはいけない。
私は少なくともカジノでギャンブルはしないが、たまに「私に投資すれば儲かりますよ」といった勧誘に出くわすことはある。
あなたもギャンブルするのはやめよう。リスキーな株式市場やビジネスでもそうだ。次に、誘惑に出会っても自制心をしっかり保ち、それが通り過ぎるまで我慢しよう。優れたビジネスマンはカジノを所有しても、そこでギャンブルはしないものだ。
マーク・M・フォード
Presented by インベストメントカレッジ