経済 2018/04/17

南太平洋は「日本の生命線」




第一章 いま、南太平洋で何が起こっているのか


南太平洋は「日本の生命線」

「南太平洋」といえば、どんなイメージを持つだろうか。
白い砂浜と温かい風に揺れるヤシの木々が見え、浅くて透明度の高い海の中に伸びるコテージ風のホテルの上では、肌の浅黒い人々にサーブされた青色のカクテルを飲む欧米人がくつろいでいる。
そのホテルはおそらく一泊何万円もするのだろうが、日本人が行けるとしたら新婚旅行程度で、それ以外はあまり行く機会もない。


恥ずかしながら、かつての私も、このような「ぼんやりとした」イメージしか持っていなかった。
今日でも、南太平洋地域は、多くの日本人にとってなじみの薄い場所であるが、その感覚は、ほとんどの主要国政府の間でもまったく同じように共有されてきた。


その理由は、オーストラリアを除く南太平洋地域には、国際政治・軍事・経済上、特に重要とされる地下資源や食糧などがそれほど存在していないと考えられており、したがってそれらを開発するためのインフラさえ初期投資としてほとんど投下されたことがなく、産業基盤も金融資産もなかった、ということにある。


しかしながら近年の調査によって、実はこの南太平洋が、石油、天然ガス、金、銅、レアメタル(ニッケル、コバルト等)などを有する、世界でも有数の「巨大資源地帯」であることが明らかになりつつあり、各国政府や資源メジャーなどが熱い視線を注ぐようになっている。


フィジーと並び、南太平洋島嶼国のリーダー的存在でもあるパプアニューギニアにしてみても、マグロ類の漁獲高は一国としては世界最大を誇るなど、世界的な人口急増と食糧不足が懸念される中で、将来の食料庫としての役割さえ期待されるまでになっている。


パプアニューギニア政府水産庁の幹部に話を聞いても、彼らはそんな巨大なマグロ類資源に自信を持っているし、カツオに至っては、「仮にビスマルク海でごっそりとったとしても、三ヶ月もすればあそこはまたカツオだらけの海になる」と言っている。


詳細は後述するが、このように知られざる「巨大資源地帯」であることが明らかになったこの地域における各種資源の開発は、現在急ピッチで進められているが、そこに日本がもっと積極的に関与すれば、日本の裏庭でもあるこの地域は、将来の日本にとっての新たな地下資源や食糧資源の「備蓄倉庫」となる可能性すら秘めているのである。


南太平洋は一方で、日本にとっては死活的に重要なシーレーンでもある。
なぜなら、南太平洋は日本が死守しなければならない、いくつかの石油供給ルートの入り口、またはその中心に位置しており、また日本が地下資源や食糧の多くを依存しているオーストラリアとの中間地点にあるからである。


しかし我が国の場合、この地域の重要性に気付いている人が少ないのは実に残念なことである。
その証拠に、2012年10月10日の「Wedge Infinity(電子版)」に掲載された、岡崎研究所の論評にはこう記載されている。


「この地域(著者注:南太平洋島嶼諸国)は、日本にとっては、シーレーンが通っているわけでもなく、戦略的にはそれほど重要とは言えません。しかしそうはいっても、まったく無関係とも言えない地域ですから、現状では、豪州の懸念を共有して、援助についても豪州と協調するなど、豪州と必要な協力をしていくという政策をとるべきでしょう」


これは、おそらく今日の日本の有識者の多くが有する平均的な姿勢であろう。しかし、南太平洋の国に実際に住んでみて、その地域における様々な政治問題や資源問題、外交問題を「現場感覚として」眺めてみると、「日本にとって戦略的に重要ではない」という指摘には、どうしても納得することができない。「シーレーンが通っていない」という指摘さえ、重要な認識の誤りだと感じる。


あの地域から物事を見れば、南太平洋が間違いなく「日本の生命線」であるということは痛いくらいに感じるのであるが、そのことを論じる前に、今現在、日本が全面的に頼っている中東からの「石油・資源ルート」が、いかに脆弱な状態にあるかを説明していきたい。



平成25年7月25日発行
丸谷元人著『日本の南洋戦略』
第一章 いま、南太平洋で何が起こっているのか  pp. 24-26


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