歴史 2018/09/29

遠藤周作と神の沈黙


From: 岡崎 匡史
研究室より

映画監督マーティン・スコセッシが製作した『サイレンス』を観賞した。
『サイレンス』は、日本を代表するキリシタン作家・遠藤周作の『沈黙』が原作である。

スコセッシ監督の代表作には、『タクシー・ドライバー』『ギャング・オブ・ニューヨーク』『アビエイター』などがある。

スコセッシ監督は、イタリア移民の子どもとしてアメリカで生まれ、敬虔なカトリック教徒として育った。司祭になるため神学校に在籍していたこともあった。

今から約27年前に『沈黙』を読んだというスコセッシ監督は、当時は神父の道を目指しており、その時から映画化を夢見ていたという。

イエズス会


『沈黙』の舞台は、日本のキリシタン弾圧時代。
イエズス会を代表する宣教師が、キリスト教の信仰を捨てた(棄教した)という報告が、西欧に伝えられた。

彼の弟子たちは、情報の真意を確かめるため日本に向かう。その途中、マカオで道案内としてキチジローという日本人を雇い、長崎の島に上陸した。

宣教師たちは日本に潜入したが、囚われの身となり「踏み絵」を迫られる。耐えがたい拷問がくり返される。彼らはキリスト教の信念を貫くことができるのか。それとも、困難の前に信仰を捨てるのか。

神の沈黙


遠藤周作は「神の沈黙」という重厚なテーマを描いている。

社会的に弱いものたちが、無残な迫害を受けて、命の危機に直面している。そのとき、「神」は手をさしのべず、なぜ黙っているのか。「神」は人間が助けを求めているときに「沈黙」を続けるのか。

日本人の感覚からすれば、「神様」は危機を救い、助けてくれる。御利益のある存在と考えてしまう。「商売の神様」「受験の神様」「スポーツの神様」など現世利益の神々がたくさんいる。

日本人のキリスト教信者数は人口の1パーセントしかおらず、キリスト教の信仰に触れる機会は少ないかもしれない。それでもなお、『沈黙』は日本人の奥底に眠っている心を揺さぶる作品だ。


ー岡崎 匡史


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