歴史 2018/07/17

「植民地からの解放者」として振る舞う中国②




パプアニューギニアは、地政学上オーストラリアにとってみれば、安全保障の面からも極めて重要な拠点であるが、当のパプアニューギニアの政界は、確かに凄まじい腐敗が横行しているし、まともに機能していない部分も非常に多い。


この不安定な状況をなんとかせねばならないと思うのは、旧宗主国として当然のことである。
しかし、それに対して干渉しすぎると、今度は厳しい反発を食らうことになる。「近親憎悪」のようなものだろう。


一方で、ソマレ氏にせよ、フィレモン氏にせよ、パプアニューギニア国独立の前後に青年期を過ごし、植民地に君臨したオーストラリア白人に対する反骨精神をバネにパプアニューギニアという国を作り上げた「元老クラス」の政治家は、オーストラリアに対しては極めて手厳しいが、その反面、中国に対しては脇が甘いところがあるようだ。
その「脇の甘さ」を中国はよく知っていて、すでにそこに付け入り始めている。


実際、中国は自らを「新植民地主義からの解放者」として位置づけ、パプアニューギニアや南太平洋諸国の指導者らに対し、「いつまでオーストラリア人にやりたい放題されているのですか? いいかげんに目を覚ましなさい。我々があなたたちを、事実上の植民地から解放してあげましょう」と囁いているのである。


これはかつて、日本が「大東亜共栄圏」を目指したやり方のコピーにほかならないが、日本の場合は多くの人がその理念に賛同し、最後はその精神に殉じたのであるが、中国人は腹の底ではそんなことはハナから信じていない。
そこに今日のパプアニューギニアの悲劇がある。


こんな「植民地解放の英雄」を気取る中国が、膨大な地下資源を狙って、静かに音を立てることなく、しかし凄まじい勢いでパプアニューギニア政財界に浸透してきているのだから、オーストラリアがそのことを大変に恐れているのは当然であり、それを阻止するためにも思いきった干渉をせざるを得なくなる。つまりオーストラリアは、ここでも厳しい覇権争いを強いられているのだ。
ここまでオーストラリアを追い込んだのには、日本にも「かなりの責任」がある。


前にも述べた通り、「建国の父」であるマイケル・ソマレ氏は、大の親日家である一方、大の豪保守派嫌いでも有名であり、かつては日本を意識した「ルックノース政策」をも押し進めた。
しかしオーストラリアの顔色をうかがってばかりの日本政府が積極的に反応しなかったせいもあり、ソマレ首相はやがて急速に中国に近づいていったのだ。


もう5年以上も前になるが、日本政府のある外交関係者とポートモレスビーで食事をしたことがある。
その際、こちらから、「なんで日本政府はもっと南太平洋に打って出ないのか。これからの資源戦争の時代、ここを押さえないでどこを押さえるのか。そのうち、中国が怒濤の勢いでやってきますよ」と言ったことがあった。


するとその人は、半分困った顔をしながら、「日本政府が全面に出て、この国で何かを積極的にやることは難しいんですよ」と、本心を漏らした。
その理由を尋ねると、やはり、「オーストラリアの影響が強すぎる。敗戦国である日本はオーストラリアに気兼ねせざるを得ない」ということであった。


つまり、今のパプアニューギニアをして、中国をあそこまで入れさせてしまったのは、オーストラリアの白豪主義的態度の記憶のほかに、「日本の救いがたい臆病と怠慢」が生じさせた結果にほかならない。
そうしてパプアニューギニアに醸成されたのは、「オーストラリアの言いなりには絶対になりたくない。一方、日本は時々『おこずかい』をくれるが、肝心な時にはまったく当てにならない」という空気だった。


我がニッポン国は、こうやってパプアニューギニアに元々あった、かつての強い日本、つまり、「欧米に立ち向かい、敗れはしたものの、再び不死鳥のごとく甦った日本」というものへの期待を見事に裏切り、現在も裏切り続けているのである。


そうして心底がっかりしていた現地人のところに、「毛沢東カラーの人民元」を大量に詰め込んだズダ袋をいくつも担ぎ、「あなたたちを白人の新植民地主義から解放してあげましょう!」という魅力的なスローガンと共に颯爽と現れたのが、中国だったというわけだ。


今のうちに一気に成長したいパプアニューギニア人たちとしてみれば、「日本は何もしてくれない。一方の『チャイナマン』は、強欲で人を騙し、物を盗んで商売するという噂があって評判は悪いけど、見たところは悪そうには見えないし、当面、お金はバンバン出してくれそうだ」という感覚になる。
だから、とりあえずそんな「高利貸し」に頼ろう、という判断が下され、そうしてパプアニューギニアを始めとする南太平洋諸国はみんな、「ジャブジャブの借金漬け」となっていくのだ。


その結果、パプアニューギニアに対する中国の大規模投資が急増し、今や中国国営企業群は、マダン州における巨大なレアメタル鉱山の開発や水産工業団地の建設などに参入しているだけではなく、石油や天然ガス、レアメタルが多く産出される地域への道路インフラについても、2012年秋に中国政府から出されることとなった70億キナ(約3100億円)ものソフトローンを元手に建設することが決まっているのである。



平成25年7月25日発行
丸谷元人著『日本の南洋戦略』
第一章 いま、南太平洋で何が起こっているのか  pp.78 -81



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