米史上初の「無血革命」
米史上初の「無血革命」
二〇一六年十一月八日、火曜日の夜中、スタンフォード大学の自宅で、生まれて初めて本物の、激震の「米国無血革命」を体験した。
全米のマスコミ(テレビ・新聞・雑誌)は、二年前から投票日の前夜まで「ヒラリー圧勝」と余裕を持って報道し、トランプを公然と馬鹿扱いにする。
マスコミはヒラリー陣営と共謀して、トランプ支持者を「大学教育を受けていない知的レヴェルの低い群衆」と卑下し続け、投票日の前夜までトランプと支持者を「人種差別者」「男尊女卑の推進者」と侮辱し、文化的に進化していない群衆と決めつけていた。さらに、「トランプはワシントン政治文化に無知で国家運営ができない男」だと誹謗した。CNNはトランプ攻撃の最先鋒として張り切っていた。FOX NEWSだけが「トランプバッシング」をしなかった。
マスコミに雇われていた数多くの解説者たちは、名門大学を卒業し頭脳抜群と優越感に染まっていた。それらワシントンのエリートたちは、「貧しくて大学へ行けなかった群衆」が米国社会にどれほど絶望しているのを全く感知していなかった。
ヒラリー陣営とマスコミは、米国と世界を管理できるのは自分たちだけだと振る舞い、産業のグローバル化をさらに推進し国境を無くし、世界中の人々と仲良く平和に暮らせる世界を構築しようと謳い続けた。ヒラリーは、オバマ政権を引き継ぎ、大きな連邦政府が米国民と世界の人々を指導して平和と富へ導きたいと宣言した。
(オバマが2008年に大統領に当選した直後、ノーベル平和賞を授与された。平和のためになにもしていないオバマに平和賞を与えるほど、ノーベル財団もオバマに熱狂していたのだ。世界に冠たる平和賞の威厳が堕ちた瞬間だ。)
「グローバル化」という産業空洞化のウイルスに冒された米国内で、将来になんら希望も見いだせず、絶望的になっていた米国民、とくに中産階級が悶えている状態を完全に見逃したのは、ヒラリー陣営とマスコミの「賢い先生たち」だ。
絶望と激怒の日々に耐えている人々は、トランプが「もう一度偉大なアメリカになろう」「お金持ちの国になろう」と訴える言葉に改革の望みをかけた。
トランプが「希望の星」。暗黒の夜空に、こうこうと輝く大きな星が現れた。米国の国力と威厳を建て直す最後の救世主に映ったのだ。大げさな表現ではない。
開票当日の夜、楽勝を信じ余裕たっぷりのヒラリー陣営は、ニューヨークの広い美しいガラス張りの会場に巨大なテレビスクリーンを設置し、当選祝いの用意万端で吉報を待っていた。会場は「圧勝実況」を観たい支持者で超満員。
トランプ対ヒラリーの関ヶ原決戦を生中継していたマスコミのヒラリー応援団の解説者たちが、突然血相を変え始めた。州ごとの結果が次々に発表される。ヒラリー応援団の表情が凍りつく。解説者たちのろれつが回らず、沈黙。
実況中に、ヒラリー派のマスコミが真っ青になったのは、自分たちの奢りと傲慢が跳ね返り、矛先が己の心臓に突き刺さったからだ。
開票直後から、トランプが全米地図を共和党の赤色で塗りつぶしてゆく。強い米国、富める米国を再建するトランプ・ルネサンスの幕が切り落とされたのか。
我慢の限界に達していた米国民
米国の黄金時代は、第二次世界大戦で、強敵ドイツと日本を焼土にした直後から始まった。地球上で雄々しく立っていたのは、米国だけだ。
一九四五年の真夏に日本帝国が降参した後、太平洋は米国の中庭の池となる。米国本土には食べ物と復興に必要な全ての道具と資源が溢れていた。ドイツと日本は、米国に追随すれば、生き残れると思った。他に生きる路はない。
勝者米国に占領された敗者日本は、米軍の極東基地にされる。敗戦から、すでに七十一年も経つが、日本は未だに米軍の極東基地。
この七十一年間、米国は世界中で戦争を戦い続ける。日本の近隣国の朝鮮半島でソ連と米国の冷戦が火を噴いた。米国は、ベトナム戦争へ介入し、莫大な国費を使い、また若者を徴兵して、十五年間、地獄の熱帯雨林で死闘を繰り広げるも勝てず、必死の遁走で、本国へ帰って来た。五七〇〇〇名の米将兵戦死。二〇〇万人の南北ベトナム国民と将兵戦死。ベトナム敗戦で、米国は富を失い、自信を失い、自己懐疑の泥沼へ堕ちていった。現在でも、米国民はベトナム戦争の話はタブーとして話さない。話したくない。帝国は戦争をしなければ、帝国を維持できない運命か。
私は米国に一九六四年の夏から住在している。あの夏に、米国黄金時代を観た。富国強兵の米国がベトナム敗戦から急速に崩れてゆくのを観るに耐えなかった。次々と大統領は選ばれ、夢のような公約をするも達成できず、任期がきて退任する。
ワシントンの政治経済エリートたちとの心情の糸がぶち切れている米国民は、我慢の限界に達している。国内のインフラは壊れ、富の格差は天文学的に広がり、人種差別の悪習はさらに悪化し、そこへ南米から不法移民が年間百万人の単位で入国する。オバマ大統領に絶大な期待をしていた国民が「裏切られた」と焦燥感に駆られていた時、トランプが救世主のごとく現れた。
トランプ改革に願をかけるかのように、国民の期待が全土を覆う大きな潮の流れとなり、流れに抵抗したヒラリーは足下をすくわれた。いや、ヒラリーは、その流れにも気付かないまま、一夜で押し流され、惨敗の屈辱。
日本のエリートたちよ、国民の鼓動に耳を傾けろ
永田町のエリートたち(政治家・官僚・大手企業)は、日本国民が苦しい家計をやりくりしながら、律儀に、懸命に働いていることに感謝もせず、商業活動の火種を消すかのような細かい規則を毎日のように発令する。税金を上げることに才能を発揮する。「日本の官僚は世界一優秀」といわれるが、誰がいっているのか。最優秀なのに、日本経済が停滞したまますでに三〇年。世界中からお金持ちの日本とおだてられ、そのお返しに札束を献金させられる。
安倍総理は、まもなくトランプ大統領に面会するために太平洋を渡り、米国大陸を横断してワシントンで握手をされるが、総理は、心穏やかではない。なぜか。
ヒラリーとトランプが死闘を繰り広げていた最中、国連総会へ出席するついでに、ニューヨークでヒラリーと小一時間歓談する。その映像が全米のマスコミに流れた。トランプとは会わない。「日本はヒラリー当選と確信しており、ヒラリー応援団に加わった」と見なされた。関ヶ原の決戦中に、豊臣側についた安倍総理。
トランプを無視したツケは、高い。トランプが毛嫌いしているTPPを必死になって強行採決した安倍総理。そのトランプに参勤交代をしなければならない安倍総理の心情は、複雑だろう。総理は、手みやげを沢山持って行かれるのか。トランプから「あれしろ、これしろ」と要求され、断りたくとも断れない窮地へ追い込まれるのだろう。
誰が日本の総理に恥をかかせるようなアドバイスをしたのか。ヒラリー圧勝と総理にささやき、ヒラリーと対談をお膳立てしたのは、誰だ。
日本外交音痴は、ここまで狂っていると、日本が崇めるユネスコの世界遺産に登録して歴史に名を残すべきではないか。
日本国民は、感情を表面に出さないが、日本のマスコミや政財界の指導者たちに対して強い不信を抱いている。長い間鬱積している不満や怒りが表面に沸騰するのは、時間の問題だ。
日本国民は学問が好きで、頭が良い。発言をしなくても、考えている。
日本のエリートたち、国民の沈黙を自分たちへの「賛成票」と読み間違えると、どんでん返しの「無血革命」を起こされますよ。
奢るな。国民の鼓動に耳を傾けろ。
※本稿は『月刊日本』2016年12月号に掲載された西鋭夫教授の論考「米史上初の『無血革命』」を、月刊日本編集部より許可を得て転載・編集したものです。