CIAからの誘い(4)
三大欲求
「大学教授にもモグラがいるのですか」
パームさんは当たり前だろうという顔で答えない。
CIAが「原始的な三大欲望」と呼んでいる「カネ」「女」「地位」がパームさんの口からすらすらと出てきた。私は侮辱されたと腹が立っているどころか、彼のなめらかさに感心し、私もこれらの欲望で自分の歩みを決めてきたのかと自問をしながら聞き入っていた。
「ドクター西は、カネ、女、名誉のエサでは動かないのでは......」
「全部大好きです。他に何かありますか」
人生最高の冒険
「ある」パームさんは笑みを浮かべ、私を睨んでいる。「西のような男には『CIAで人生最高の冒険ができる』と言う。西は自分の才能、能力、野心を試すことのできる冒険の場を絶えず求めており、その冒険のためならカネも女も地位も捨てる男。西が今までで一番興奮し、生き甲斐を見つけたと思っていたのは、己を賭けた冒険をしていたときだ。学問の世界に入ったのも、無限の冒険を求めていたからだ」
「冒険adventure」を連発され、私は魔術に掛かったかのようにコクリコクリと相槌を打っていた。パームさんは「西の説得は終わった」という笑顔をしていた。互いを見つめ、これ以上説得の必要がないと解った。私は新しい世界が目の前に広がってゆくのを感じ、CIAのスパイとしてアジア・太平洋の舞台で大冒険をするぞ、と決心し始めた。
日本国籍を捨てよ
パームさんがブリーフ・ケースから、3センチほどの厚さである書類のようなモノを取り出し「これは願書。提出して欲しい」
パラパラと捲ってみた。私の性格、好き嫌い、西一族の歴史、私の政治及び倫理観念について解剖をされているような徹底した調査である。
「ドクター西は日本国籍を捨てて、米国籍を取って欲しい。手続きは私たちがする。CIAの中に入る人は、米国籍でなければならないのだ」
「国籍なぞ替えると、母が泣きますよ」と逃げたら、パームさんは「母親には黙っていればいいではないか」と言った。この一言で、私は口説きの催眠術から目が覚めた。母親に隠さねばならない職につくのか。「スパイ」という職業に対して、私はなんと甘い考えをしていたのか。
西鋭夫著『日米魂力戦』
第4章「国の意識」の違い -35