長江をめぐる地政学
From:岡崎 匡史
研究室より
中国は世界文明の華。
19世紀、清王朝が英国に仕掛けられたアヘン戦争で完膚なきまでに叩きのめされるまで、「中国」は文字通り世界の中心を謳歌してきた。
全長約6,300kmの長江は、中国最長の河川で、世界第三番目の長さを誇る。長江はチベット高原のタンラ山脈を水源とし、青海省、四川省、雲南省、四川省など中国大陸を東へ横断し、上海から東シナ海へと注ぐ。中国の中部を横断する揚子江の名は、河口に近い揚州付近の名称だが、日本では長江全流域を指す。
長江大洪水
「長江」は中華文明を支えてきたが1998年、100年に1度と言われる大洪水に見舞われた。3万人もの死者を出し、家屋流失は100万にのぼる。膨大な人口を抱える中国でも、さすがに3万人の死者は多すぎる。日本の年間自殺者3万人強に匹敵する死者数である。
中国政府の付け焼き刃の対策では、国民の鬱憤を鎮めることはできない。愛する家族の死、財産の喪失、やり場のない怒りがマグマのように中国全土を覆った。
長江大洪水は、中国政府の環境問題に対する認識を一変させた。中国政府は本格的に環境保護に乗り出す。長江上流域の森林保護のため、国有林の伐採の停止や森林管理を強化する天然林資源保護及び、急傾斜地の耕地を再び樹林する退耕還林プロジェクトを実施した。
四川大地震
悲劇は続く。巨大地震が起きた。
2008年5月12日、四川省大地震(マグニニュード 8.0)が発生した。死者約7万人。
地震が発生した長江中流域には、中国最大級の「三峡ダム」がある。
1919 年、中国国民党の創始者で「三民主義」を唱えたことで知られる孫文(1866~1925)が、三峡ダム建設を発案した。 孫文は「革命未だならず」と失意の内に亡くなるが、彼の死から半世紀以上もの歳月が過ぎた1993年、三峡ダムの工事が着工された。15年以上もの歳月をかけ、三峡ダムはようやく2009年に完成した壮大なプロジェクトだ。
三峡ダムは、中国の総電力需要の約10%を賄い、1万8,000kwのエネルギーを供給する。堤高185m、貯水池の全長は約600km、深さは175mに達する超巨大ダムである。
豆腐工事
三峡ダムは建設時から環境破壊や地質学的な懸念の声が上がっていた。100万人もの市民を強制的に移転させ、貴重な耕地を水没し、文化遺産を破壊した。さらに、貯水池には土砂が蓄積し、船が通過できなくなる。
実際に工事が始まると、煩雑な工事により橋が崩落して数名の死者を出したことから、第5代国務院総理の朱鎔基は「豆腐工事」と揶揄し、海外の専門家と技術者を招聘して工事の監督にあたらせた。また、工事に関わる地方公務員たちが6,000万ドルもの資金を使い込んでいることが発覚した。
三峡ダムの未来は険しい。
まことしやかに、四川省大地震は「三峡ダムの建設により、巨大な湖ができたため、地盤や水、および風の流れが変わったことによって引き起こされた可能性が高い」という指摘がなされた。
ー岡崎 匡史
PS. 以下の文献を参考にしました。
上田信『大河失調』(岩波書店、2009年)
エリザベス・エコノミー『中国環境レポート』(築地書館、2005年)
浜田和幸『中国最大の弱点、それは水だ! 水ビジネスに賭ける日本の戦略』(角川SSC新書、2011年)