文明と水
From:岡崎 匡史
研究室より
文明発祥の源は水。
文明は、大河に支えられて育ち発展してゆく。水で国が栄え、渇水で潰れる。この鉄則に例外はない。
人類が発達し文明が育まれるには「都市」が必要だ。都市生活は水がなければ成り立たず、人が定住するには食料の安定供給が不可欠である。四大文明であるエジプト、メソポタミア、インダス、黄河に共通する点は、いずれも乾燥地帯で大河のほとりで勃興している。
乾燥地では気温や降水量、干ばつや洪水など気候変動がめまぐるしい。だが、それを補う十分な利点がある。疫病の蔓延を防ぐことができることだ。熱帯地域ではマラリアなどの病原菌やウィルスが増殖しやすく、人間が都市を形成するには適さない。人間の生活と健康維持には殺人ウィルスから逃れなければならない。
食糧と水
食料を確保するために「水」は必須である。大河の水を利用して灌漑農業を行い、大地の恵みを享受できることが死活的な条件である。
収穫高を上げるために灌漑施設が作られるようになると、一部の農民たちは農作業から解放され、階層社会が形成されてゆく。知識人層は文学、建築、数学などで発明や進歩をもたらし、芸術家や手工職人たちは冶金、織物、陶器、工芸などの作品を生み出し豊潤な文化を醸し出し文明が発展する。
古代文明が栄えた当時は、ヒツジ、ヤギ、ウシなどが飼育されていた。草食動物のヒツジやヤギは、草木を大量に食べる。森の緑は激減し、茶色い地面が露出して「沙漠化」が進行する。
発展と没落
人々が都市生活を維持するには、水だけでなく木材も欠かせない。建築の資材や燃料を調達するため、身近な自然や森を切り開いてゆく。
だが、乾燥地では樹木の生育環境としては相応しくないので、木材が不足する。樹木を豊富な場所から運搬するには手間がかかり、いずれ自然環境は限界に達する。
土器から青銅器、さらには鉄器など文明が高度に発達するほど、多くの燃料が必要だ。文明が進歩するほど、燃料が不足し、それを補うために森林を切り開く。人間が自然を支配し、根こそぎ破壊したことで、文明は滅亡の道へと転がり落ちてゆく。
東西の文明の発達に大きく寄与したギリシアには、現在、見渡す限り森林のないやせた土地が広がっている。森に資源を依存して繁栄を謳歌した代償は、消えてゆく森と共に朽ち果ててゆく。世界中の観光客を魅了する青いエーゲ海は、魚を養う栄養分が陸地の森から供給されない。だから、透き通るほど美しいのだ。
現在、世界各国を見渡すと、100万人以上もの人々がひしめく巨大都市が400ほどある。これらの大都市を支えるには厖大な水が必要となる。
グローバリゼーションの荒波に翻弄され、未来の展望を予測することが難しい現代社会には、いかなる命運が待ち受けているのだろうか。高度に発達した現代社会は、栄華を極め、そして没落していった古代文明と同じ道を辿るのであろうか。
ー岡崎 匡史
PS. 20代の頃に書いた「水の地政学」という論文を再構成しました。
以下の文献を参考にしました。
上田信『大河失調』(岩波書店、2009年)
サンドラ・ポステル『水不足が世界を脅かす』(家の光協会、2000年)
平野秀樹、安田喜憲『奪われる日本の森 外資が水資源を狙っている』(新潮社、2010年)
福嶌義宏『黄河断流』(昭和堂、2008年)
森山茂『自己創成するガイア』(学習研究社、1997年)