歴史 2018/04/20

中国の生命線チベット


From:岡崎 匡史
研究室より

「世界の屋根」と言われるヒマラヤ山脈の北に位置するのがチベット。

世界最高峰のエベレスト(標高8,848m)は、ネパールとの国境に屹立し、冒険を夢見る登山家たちを魅了してきた。

アジアの給水塔

チベットの首都ラサには、チベット仏教の寺院ポタラ宮殿が厳かにそびえたつ。ポタラ宮殿はインドに亡命し、1989年にノーベル平和賞を受賞したダライ・ラマ14世の住居でもある。

チベット高原は「中国の給水塔」と呼ばれる。チベット高原の氷河と地下水は、東南アジア、南アジア、中央アジアの多くの河川の水源地であり、命の泉。

チベットは、中国の命綱でもある。

アジアの文明・文化を形成してきたすべての大河は、チベット高原の氷河を水源としている。アジアの10ヵ国以上に暮らす20億人強の人々、世界人口の約3分の1がチベット高原の雪解け水に頼っている。

チベット高原の預金

オハイオ州立大学の雪氷学者ロニー・G・トンプソン(Lonnie G. Thompson)は、「チベット高原の氷河は何千年ものあいだ、アジアの淡水を一手に引き受ける銀行口座のような役割を果たしてきた」「雪や氷河として毎年蓄えた"預金"を、雪解け水のかたちで少しずつ引き出してきたのだ」と説明している。

地球の気候変動の影響で、チベット高原の永久凍土が溶け始め氷河が消失しつつある。チベット高原の南側の氷河が解けて、水量が急激に増えた。水量が増えたことで、耕作地に水が行き渡り、収穫量が増加した。

しかし、これは目先の利益に過ぎない。過剰な雪解け水が洪水や土砂崩れを発生させ表土を洗い流し、いずれ氷河自体が消えてしまう。

アジアの大半を潤す大河の水源となっているチベットの氷河が消滅することは、中国及びアジア経済の崩壊をも意味する。中国がチベットの水を手中に治めようとすればするほど、チベットに依存している他のアジア諸国は焦りを感じ内心穏やかではいられない。

中国の生命線

世界の覇権国として台頭してきた中国と、アジアの水源地であるチベットにはいかなる運命が待ち受けているのであろうか。

チベット高原の氷河は、中国の生命線。

チベットが中国から独立することは、「水源」を失うことになり、中国の国家体制が根本から崩壊する。それ故、中国はチベットの独立を許さない。冷酷な「力こそが正義」の鉄則が世界を支配している。

殺伐とした世界情勢のなかで、「チベット自治区が中国からの独立」というシナリオを描くことは難しい。「人権弾圧」という錦を掲げて中国政府を非難しようとも、彼らは聞く耳を持たない。中国の発展と未来がチベットの水にかかっているからだ。


ー岡崎 匡史

PS. 以下の文献を参考にしました。
・橋本淳司『世界が水を奪い合う日・日本が水を奪われる日』(PHP研究所、2009年)
・ モード・バーロウ『ウォーター・ビジネス』(作品社、2008年)
・『NATIONAL GEOGRAPHIC 日本版』 2010年4月号、日経ナショナルジオグラフィック社

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