歴史 2018/05/18

中国とメコン河をめぐる地政学


From:岡崎 匡史
研究室より

メコン河は、チベット高原を源流とし、東南へ流れてミャンマー、ラオス、タイ、カンボジア、ベトナムを通り広大なデルタ地帯を形成しながら南シナ海へと注ぐ。

中国は源流を所有している地政学的優位を謳歌し、メコン河、長江、黄河など主要な河川の上流に6,700を超えるダムを建設した。2002年1月、中国はメコン河に3つ目の水力発電用ダムの建設に乗り出した。

2020年までには、さらに5基のダムを整備する計画を立てている。メコン河に依存する下流地域のベトナム、ラオス、カンボジア、タイの4ヵ国は中国に強い疑念を抱いている。

中国の覇権主義

メコン河の下流にあたるタイ、ラオス、ベトナム、カンボジアの4ヵ国は、1995年に「メコン河流域の持続可能な開発のための協定」を締結した。

しかし、中国は無関心の態度を取ると見ているのが主流だ。中国はかつての米国を真似て上流国の論理で覇権主義的な「ハーモン・ドクトリン」の態度で臨んでいる。締結に伴い発足した「メコン河委員会」に中国は不参加。

ところが、中国が「ハーモン・ドクトリン」を実践しているという主張に対して、懐疑的な見方もある。


(1)中国は水以外の分野では、地域的枠組みに積極的に参加し協調している。
(2)メコン河の下流国が中国の海へのアクセスを左右するので、下流国も中国の弱点を握っている。
(3)メコン本流は船運が不可能な箇所があり、上流部から河口への船運は不可能である。だから、中国は下流国のベトナム、カンボジアへのアクセスは陸上交通網に依存している。中国は水資源の優位性はもっているが、物流では下流国と良好な関係を維持する必要があるので、妥協をしなければならない。
(4)メコン河の下流国は中国にとって大きなマーケットである。これらを考慮すれば、グローバル化で経済の交流が盛んな現在、地政学的優位を利用して上流国は古典的なハーモン・ドクトリンを実践するとは限らない。

交渉と妥協

これらの反論には説得力がある。事実、2003年、中国は下流国に対して譲歩の姿勢を示し、メコン河の流量と水位の情報提供を開始した。

メコン河の下流4ヵ国は、水だけを争点(Issue・イシュー)にするのではなく、食糧、エネルギー、貿易、交通などの様々な利害関係を同時に議論する「イシューのパッケージ化」という手法で、交渉の糸口を掴むことができた。

水問題をエネルギーや国境貿易や民族問題など他の重要な課題と結びつけて交渉をすることで、上流国が常に高圧的な姿勢をとるとは限らず、互いの妥協点を見いだす可能性がある。


ー岡崎 匡史

PS. 以下の文献を参考にしました。
CRESTアジア流域水政策シナリオ研究チーム『アジアの流域水問題』(2008年、技報堂出版株式会社) 
エリザベス・エコノミー『中国環境レポート』(築地書館、2005年)
浜田和幸『ウォーター・マネー「水資源大国」日本の逆襲』(光文社、2008年)

中山幹康「水を巡る国家間の確執と協調」東京大学「水の知」(サントリー)編『水の知―自然と人と社会をめぐる14 の視点』(化学同人、2010年)


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