歴史 2017/12/16

フーヴァー研究所東京オフィス秘話③


From:岡崎 匡史
研究室より

フーヴァー研究所東京オフィス秘話ー②のつづき


スタンフォードの日本人卒業生の構想で組織化された東京オフィスだが、本国のフーヴァー研究所はどのような対応をしたのか。

貧困に喘いでいた日本の食料事情を調査するため、フーヴァー元大統領の来日が調整された。フーヴァーは、トルーマン大統領の特命を受けて、飢饉緊急委員長として東南アジアを歴訪し日本を訪れた。フーヴァーは第一次世界大戦で敗れたドイツの戦後処理をした経験があり、ドイツで学校給食を開始し普及を図った人物でもある。

1946(昭和21)年5月5日、来日したフーヴァーはスタンフォードの関係者やGHQの高官と一緒に東京オフィスを視察した。

東京オフィスは開設当初から積極的な活動を行ってきたが、さまざまな困難に直面した。急激なインフレが敗戦日本を襲ったので、文献を購入する費用がかさんだ。さらに、東京オフィスの活動に疑念が降りかかる。


フーヴァーの手紙


1947(昭和22)年11月11日、フーヴァー元大統領はヒューバート・G・シュンク大佐に手紙を送った。


親愛なるシュンク大佐
あなたもご存じのように、フーヴァー研究所東京オフィスの蒐集活動が誤解を受けておりましたが、ようやく疑念を払拭することが出来ました。マッカーサー元帥の手紙のコピー(9月29日付)があなたの手元にあると思います。その元帥の手紙に記されているように、ウィリアム・H・ドレイパー陸軍次官(William H. DraperJr. 1894〜1974)が東京オフィスの蒐集活動を保証してくださり、GHQ最高司令官マッカーサー元帥の許可のもと活動を続けることができるようになりました。米国陸軍省とマッカーサー元帥との信頼により合意され、私が望んでいる東京オフィスの活動が継続できることになったのです。

さらに、数日前にケネス・C・ロイヤル陸軍長官(1894〜1971)が私のもとを訪れて、国防省は史料蒐集活動の継続を全面的に認めるので安心してくださいと伝えてくれました。その上、今後、何か問題が起こったら、ロイヤル陸軍長官が善処するとまで言ってくれたのです。マッカーサー元帥も図書館事業は大変価値のあることであると認めてくださり、活動許可の手紙を寄こしてくださいました。チャールズ・A・ウィロビー少将は、当初から文献蒐集事業に関与しており、我々の活動に大変強い関心を抱いております。ウィロビー少将は、今後も関心を持ち続けると手紙を寄こしているのです。

私の事業を応援してくれた紳士諸君に深く感謝しております。この数年来、フーヴァー研究所に集められたコレクションは、アメリカ合衆国に奉仕する重要な役割を果たし、継続する価値ある事業です。懸案となっていた課題は、すべて解決されました。あなた方は、これまで通り活動を続けることができます。日本における文献蒐集事業は、米国当局の関心のもと、充分な支援を得ていると私は確信しております。
                        

                                     敬具
                             ハーバート・フーヴァー


この手紙から読み取れることは、東京オフィスの活動にストップがかかったことだ。日本政府やGHQ組織の職権を侵害したとも考えられるが、現在のところ原因が記された資料が表に出てこないので、はっきりとした裏付けはない。けれども、文化財の海外持ち出しという批判を受けたのかもしれない。日本の貴重な文献が、海外に流出することに内心忸怩たる思いをした者もいるだろう。


流出の謎

海外流出という疑念の声があがるのも当然だ。フーヴァー研究所には、A級戦犯として訴追された平沼騏一郎(1867〜1952)や荒木貞夫(1877〜1966)の史料が保管されている。平沼家の談話によれば、「戦後直後研究者を名乗る人物に資料の一部を貸与したところ、それが返却されないまま行方がわからなくなった」という。

さらに、荒木家によると「東京大学法学部研究者を名乗る男が、戦後A級戦犯から仮釈放の身となった荒木のもとを訪れ、史料の寄託を申し入れた。荒木はそれを諒とし、史料の一部を東京大学法学部研究室へ寄贈することとした。しかし、後日判明したところによれば、そのような研究者は実在せず、史料は古書市場に売りに出されていた」のである。このような史料を東京オフィスが古書市場で買い取ったとされている。

法務局長官を歴任し、憲法制定を間近で見ていた入江俊郎(1901〜1972)の史料もアーカイブスにあるが、資料の最後のページに神保町の老舗書店「巌松堂」で販売されていた形跡がある。

戦後の混乱期にどのようにして流失したのか疑念は残るが、窮地に陥った東京オフィスの活動を背後で支えていたのが、フーヴァーとアメリカ政権内部の協力者である。アメリカ軍が正式に「東京オフィス」を認めたことは、フーヴァーが影響力を行使したことの成果であろう。

マッカーサー元帥は、「世界中の学者が、私の古くからの友人であるフーヴァー元大統領が蒐集したコレクションに感謝するだろう」と声援を送った。



フーヴァー研究所東京オフィス秘話ー④につづく


ー岡崎 匡史

関連記事