ガンジス河をめぐる地政学
From:岡崎 匡史
研究室より
ヒンドゥー教徒の聖地でもある「ガンジス河」(ヒンディー語:ガンガー)は、ヒマラヤ山脈の氷河を水源としている。
ガンジス河はアラハバードでヤムナー川と合流し、ガガラ川、ガンダク川、コシ川などを集めて、バングラデシュに入り河口付近で多くの分流となり三角州地帯を形成してベンガル湾に流れ込む。
ガンジス河の汚染は深刻だ。汚すぎて、ヒンドゥー教徒でもガンジス河に入りたくない。2007年、ヒンドゥー教の宗教的祭典で罪を洗い流すために聖河ガンジスに沐浴する儀式を、何千人もの信者がボイコットした。
井戸水の悲劇
涸れたことのないガンジス河の水は病原菌(コレラや赤痢菌)が多くて、浄化処理をしなければ飲めない。20年ほど前から、日本はインド・ガンジス河口デルタに広がるバングラデシュで井戸を掘っている。
地上では水が溢れる土地に、清らかな水を求めて井戸を掘り、地下水を汲み上げ、飲み水に使う。貧困救済と評価され、バングラデシュの人々から感謝された。
歓声が悲劇の沈黙となる。井戸で地下水を汲み上げたとき、ガンジス河デルタの地下一帯に沈殿している猛毒のヒ素を一緒に汲みだした。安全な清水と思って飲んだ村人たちが次々と死亡。現在、ほとんどの井戸は封鎖されている。
インド vs バングラデシュ
バングラデシュでは、ガンジス河の流量が乾期に低下する。
上流国インドが大量に水を使用し、汚水を下流に垂れ流しているからだ。
1961年、インドはバングラデシュとの国境からわずか16km離れたインド・西ベンガルに、「ファラッカ堰」(Farakka Barrage)の建設を一方的に着手した。1975年に2245mにわたる堰が完成。インドは乾期に水を堰き止め、雨期には大量に水を放出する。
下流のバングラデシュは、人為的な干ばつと洪水の憂き目にあう。バングラデシュはガンジス河をコントロールすることが出来ない。バングラデシュは英国東インド会社の影響下にあり、貿易商人が行き交い繁栄したことから「黄金のベンガル」と讃えられたが、今やその面影は微塵もない。
現在のバングラデシュは極貧国。大規模な灌漑施設を建設する費用を捻出できない。
ファラッカの嘆き
インドの「ファラッカ堰」によって水を掌握されているバングラデシュの不幸な境遇は、「ファラッカの嘆き」と形容される。
嘆きは悲鳴に変わっている。
地球の気候変動がバングラデシュに追い打をかける。海面が上昇し、塩水がバングラディッシュの内陸地へ進行し、マングローブ林の群生地帯が破壊されている。 ヒ素中毒、洪水災害、高潮の三重苦に悩まされているバングラディッシュに明日はあるのだろうか。
ー岡崎 匡史
PS. 以下の文献を参考にしました。
モード・バーロウ『ウォーター・ビジネス』(作品社、2008年)
Central Intelligence Agency (CIA). The World Factbook
浦野起央『地政学と国際戦略』(三和書籍、2006年)
中山幹康「灌漑開発と国際流域水質源管理―アラル海流域における展望」『水文・水資源学会誌』Vol.12, No.3. 1999年
高橋裕『地球の水が危ない』(岩波書店、2003年)